タケルンバ卿ブログ

世界の片隅でだらだら生きる貴族の徒然帳

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前橋のビジネスホテルでの事件について

 被害に遭われた従業員の方にお見舞い申し上げます。同業に携わる人間にとり、大変痛ましくつらい事件です。事件の痛手から立ち直ることは大変難しく、心の傷は大きいと推察致します。どうかまずはご静養されますように。

 さて、大きな話題になっております表題の事件。ホテル視点で少し書いてみたいと思います。まず指摘しておきたいのは、この手の事件は決して少なくないという事実です。

 大抵のビジネスホテルでは、マニュアルとして「女性客のお部屋には女性スタッフ、男性客のお部屋には男性スタッフが伺う」「深夜帯に男性客のお部屋に伺う場合は特に留意し、女性スタッフは行かないようにする」「女性スタッフが男性客のお部屋に行かねばならない場合は、防犯ベルや無線機などを携帯する」「客室内に入る場合は密室状態を避け、入室する場合はドアストッパーなどをかける」というものがあり、それなりにこのような自体を想定しています。同時に、こういった想定が必要な程度には、その危険性を認識しておりますし、実際に起こっているということです。

 こういった危険性は男女や年齢問わずあり、例えば男性スタッフの場合、女性客に急に大声をあげられ、暴行をでっち上げられるケースもあり、そういったものから身を守る最低限の所作として「なるべく客室内には入らない」「物を渡すときは扉越し・廊下で」「客室内に入る場合は密室にしない」というのは、ビジネスホテルのフロントスタッフであれば誰もが理解しているところです。常識的なお話です。

 そういった前提を踏まえて細かいところを。

女性スタッフのみのワンオペ

 報道によると、当日は被害に遭われた女性一名の勤務体制だったそうです。

女性従業員は当時1人で宿直勤務に就いており

歯ブラシ口実に呼び出しか=高畑容疑者、女性は1人で勤務-群馬県警:時事ドットコム

 夜間一名体制というのは、規模が小さめのビジネスホテルでは珍しいことではありません。事件のあったビジネスホテルは総客数六ニ室ということですから、比較的小規模であり、また、事件のあった二二日は月曜日ということで、ホテルの稼働自体も低かったことが予想されます(一般的なビジネスホテルは日曜・月曜などの稼働は低く、週末に向けて次第に稼働を上げていく傾向がある)。

 実際に楽天トラベルで事件のあったビジネスホテルの宿泊プランを検索すると、日月の連泊プランなどがあり、割安で販売されていました(二泊すると一泊分の料金無料という破格の料金です)。ビジネスホテルでは、稼働が低い曜日をお得な料金で販売し、稼働の底上げをはかるのが一般的ですので、こちらのホテルも月曜の稼働が低いのでしょう。

 ですので、稼働が低い月曜に、総客数六二室のビジネスホテルの夜間体制が一名というのは、ごくごく自然なお話で、特に珍しいことではありません。ワンオペ自体は普通です。

ワンオペでもまわる工夫

 あとは体制としてどれだけ一人でまわせるようにしてあるかというところで、こちらのホテルではアメニティ類をフロント横にまとめておき、「ご自由にどうぞ」スタイルをとっているようでした。

 楽天トラベルのQ&Aには次の記載があります。

アメニティはハブラシ、カミソリ、ブラシ、ボディスポンジ、綿棒、入浴剤がフロント横にございますので、ご自由にお持ち下さい。

 こうしたものをいちいち客室に持って行くと、一名体制ではその都度フロントを留守にしなくてはならないので、大変手間になります。そのため、こうした物品は「ご自由にどうぞ」スタイルにすることで、フロントスタッフの手間を減らし、フロント業務に専念できる体制にしていたと思われます。

では、何故客室に行ったのか

 報道されるところでは、客室にアメニティを届けた際、事件に遭われたということです。

午前2時すぎ、「部屋に歯ブラシを持ってきてほしい」と女性従業員を呼び出し、手を無理やりつかんで部屋へ連れ込み暴行に及んだとみられる。

高畑裕太容疑者、強姦致傷「欲求抑えきれなかった」 - 事件・事故 : 日刊スポーツ

 先の「ご自由にどうぞ」と矛盾する話です。ですが、私にはここが重要なポイントに思えます。

被害に遭われたスタッフは優秀なスタッフだった

 あくまで仮説です。ですが、私にはすごく優秀なスタッフだったんだろうなあと思えます。

 女性スタッフが男性の部屋に行く。自分でとればいいアメニティをわざわざ届ける。

 これだけ見ると、前提として書いたマニュアルにも反しますし、不思議に思えます。「断れよ」「自分でとらせろよ」という意見が出てもおかしくありません。しかしそうしたマニュアルをあえて破ったところに、このスタッフが素晴らしいスタッフであっただろうというところが透けて見えるのです。

 恐らく、彼女がわざわざ自分自身でアメニティを届けたのは、相手が芸能人であるという配慮だと思われます。芸能人なので、他の人に姿を見られ、宿泊していることがばれたくないだろう。姿を見せたくないだろう。なのでフロントまで来させないで、アメニティを届けてあげよう。そんな配慮があったのではないでしょうか。そしてそうした配慮が仇になったのではないでしょうか。

 ビジネスホテルはサービス業であり、サービスの対価としてお金を得ているわけですが、配慮というサービスの肝を実践して被害に遭われたわけで、業務を全うしようとしたこの女性スタッフの心痛は本当に大きいだろうと思います。

今後

 こういう事件が現実に起きた以上、マニュアルの厳守・徹底化は避けられません。例外的に配慮をして、その結果として事件が起きた以上、例外的なことはできなくなります。芸能人だからといって、姿を見せたくないからといって、スタッフがアメニティを届けることはできません。むしろ芸能人だからこそ警戒されるようになります。

 早い話が「気を利かすな」「機転を利かすな」「配慮するな」「機械的にやれ」という方に動きます。サービス業の人間としては忸怩たる思いですが、スタッフの身を守るためには致し方ないことでしょう。

計画性の有無

 本人はないというでしょう。そりゃそうです。でも、ないわけありません。アメニティが欲しければ自分で取りに行けばいいものを、わざわざ内線で呼びつけているわけです。計画性がないわけありません。

 こういった犯罪をゼロにすることは大変難しい。ですが、同じことをやろうという人間が少し思いとどまる程度には重い結果が下されることを望みます。

追記(2016/8/27 0:30)

 気になる点がブクマコメンツにありましたので、その点について追記します。

設備故障などがあった場合、女性のワンオペは危険ではないか?

 電球の球切れなど、設備の故障があった場合、お部屋に従業員が入室することを避けることはできないのではないか? そうした場合に女性のワンオペは危険ではないか? という点です。

 この点に関してのマニュアル対応としては、設備の故障などで入室する場合、女性従業員一名では伺わないとしているのが一般的です。

 では、女性従業員一名体制の場合はどうするか。基本的にはお客様に「別のお部屋に移動してもらう」か「室外(ロビーなど)で待機してもらい、修理する」という対応が一般的で、客室内にお客様と女性従業員が二人きりという状態を避けます。

 別部屋への移動については、「他の部屋がない場合はどうするのか」という問題がありますが、代わりの部屋がないということは、その日は混雑している日であり、シフトを厚くする=一名シフトを避けるはず。故に女性のワンオペ状態ではない。また、一名シフトであるということは、一名でいける=暇であるということなので、空き部屋がある=代わりの部屋があるということで、問題はありません。

 仮に女性従業員二名体制の場合は、女性一名では客室に行かずに二名で伺うのが基本対応となります。

芸能人だけ特別扱いするのはおかしいのではないか?

 特別な理由があれば、誰にでも特別扱いをするのがサービスだと考えます。「芸能人」だから「姿を見せたくない」ので、お部屋にアメニティを届けるという特別対応をしたと考えられるわけですが、同様の理由があれば他のお客様にも同じようにしたことでしょう。例えばDVにあって行方を隠している人。こういった理由があれば、同様に「姿を見せたくない」はずなので、同様の対応をしていたと思われます。

 あるいは物理的にフロントまで来づらい場合。例えば松葉杖や車いすが必要なお客様などにはフロントにお越しいただかず、届けるほうが好ましいと思います。

 特別扱いするのは「芸能人」という属性のためではなく、特別扱いするべき合理的な理由があるかどうかです。